2005年10月03日

終わりという名前の街

2004年11月6日(土)

帰りは一番最初のバスに乗らないとエンリケの飛行機に間に合わないため
岬まではタクシーで行くことにしていました。
しかし、まったくタクシーがなく、仕方ないので歩いて行くことになりました。


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港の朝


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そろそろ日が昇る頃だ


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太陽が顔を出す


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日に当たる教会


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ゆっくりと昇ってくる太陽


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寒いけどすがすがしい


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灯台が見えてきた


ヘラルドと僕は体力が有り余っているのでエンリケとルーチョを放って先を行きました。
まるでマルガとの会話みたいに、片言のスペイン語と片言の英語で会話。
ヘラルドはアルゼンチンのガソリンスタンドで働いていて、この後、親の工場を継ぐと言っていました。
こんな事を理解するのに15分もかかって。
でも楽しい15分でした。


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大分離れてしまった


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十字架を通り過ぎる


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太陽がちょうど被さっていた


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いるかのモニュメント


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フィニステレの灯台


多くの巡礼者はサンティアゴに着いた後フィニステレまで赴きここで身につけているものを燃やしました。
そうすることで、罪が許されると信じていました。
僕たちも一つ、身につけているものを焼きました。


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ルーチョはTシャツ


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僕は履いていた靴下


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良く燃える


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みんなで写真撮影
一緒に移っている靴はずいぶん前に焼かれた形跡があった


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岬にある十字架


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炎を見つめる


僕たちが帰るとき、一台の車がちょうど帰るところでした。
ルーチョが話してくれて、街まで乗せてくれることに


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快く乗せてくれた


帰りのバスがフィニステレに到着。
なんとそのバスからオーストリアの歌姉妹が出てきました。
再会を祝福。
もっと話していたかったようだけど、折り返しのバスはすぐに出発なのですぐにお別れでした。

バスは昼頃サンティアゴに到着しました。



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posted by shinr at 18:31| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Camino de Santiago | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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