2005年05月30日

サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルザダ

Sto Domingo de la Calzadaは奇跡が起こった街と信じられています。
家族で巡礼中、無実の罪で捕まった青年が吊されました。
両親は悲しみに暮れそのまま巡礼を続け、
無事サンチアゴまでたどり着きました。
そして、その帰り、両親がこの街を通ると青年はまだ生きて居たそうです。
それを食事中だった裁判官に伝えたところ、
「青年が生きているなんて、このチキンが息を吹き返して鳴くようなものだ」
と答えました。
すると、突然裁判官の皿の上にあったチキンが起きあがり鳴きだしたのです。
青年は無事家族の元に帰り、そのまま帰途についたそうです。

そういう言われもあって、この街のカテドラルには鳥小屋があります。
、、、ミサの時に鳴きだしたらどうするんだろう。。。


アルベルゲ。この町には二件のアルベルゲをみつけ、その二件目。
とても設備の整ったアルベルゲでした。
でもこの建物、1831年建造なんですね。
sto-domingo1.JPG


っぽくないけど役場
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細かい仕事
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気持ちのいい夕暮れ
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カテドラル
sto-domingo5.JPG


同じアルベルゲに泊まっていた若いグループが居ました。
そのなかのアメリカ人といつのまにかルーチョが漫才していたおかげで
この日の晩ご飯はそのグループや色々な人を交えてバルで食事をすることに。
いろんな国の人が集まって食事ができるのはこの巡礼の醍醐味です。

盛り上がりすぎて、アルベルゲに帰ってきたときには門限ぎりぎりでした。。



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2005年05月29日

9日目

2004年10月12日(火)

Sto. Domingo de la Calzada
サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルザダへ

この日は20kmくらいで短い日でした。
どうやらパトリシアも足を痛めているらしく、みんなよりも先に出発していました。
ルーチョは今日も荷物を送り、まだ足は回復していない様子。
負傷者がどんどん増えてきていました。


朝が早いと他の巡礼者も多い。
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畑主特製の案内札、数枚。
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ゆっくりのスピードが痛々しい。
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ほっとする瞬間。
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まっすぐな道が続く。
azofra4.JPG




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posted by shinr at 20:23| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Camino de Santiago | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ナヘラに向かう。

2004年10月11日(月)

8日目。
この日もルーチョは荷物を送ってもらうことにしたらしい。
夜に話したときは歩く距離を15kmに減らそうという話だったけれど、
30km歩くために送ることにしたとのこと。
ルーチョ以外の人は荷物を持って出発しました。


モニュメント?貝殻のマークが巡礼の目印。
logrono4.JPG


青い看板ですが、高速道路です。一般道は白い看板。
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賽の河原、、、っぽい。スペインなのに。
navarrete2.JPG


ブドウ畑。よく(以下自粛)
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高速道路を普通に横断。恐怖。。
navarrete4.JPG


Najera(ナヘラ)に到着。夜になると寒くなってきました。
najera.JPG



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posted by shinr at 19:48| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Camino de Santiago | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大都市ログローニョ

2004年10月10日(月)

この日はログローニョまで。
1枚目の写真をよく見ると、、、
みんな荷物を持っていません。
実はオーストラリア人のお金持ちマダム二人組がアルベルゲに泊まっていて
その二人の荷物の多さに驚いたルーチョが話を聞いたところ
タクシーで次のアルベルゲまで荷物を送って自分たちだけで歩いてると。
それを聞いたルーチョが掛け合って、一人4ユーロでログローニョまで荷物を便乗させてもらうことになったのです。
うちのグループ内でも結構もめてましたが、、(ポルトガル語でもめられるとなんもわからない)

そんなこんなで手ぶらでした。


みんな軽い足取り♪
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ここで旅を終えるというスペイン人のグループと
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チョリソ(血入りソーセージ)
torres-del-rio2.JPG


Logronoの夜。
大都市だということでみんなでお出かけ。
バルで一杯ひっかけて、ガンバス(エビ)を食べて。。
logrono1.JPG


日曜日の夜だというのにこの人出。。
子供も走り回ってたり、スペインって不思議。。
logrono2.JPG


この日のアルベルゲ。ぎりぎりで到着したおかげで屋根裏部屋でした。
logrono3.JPG



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2005年05月28日

ロスアルコスの夜

Los Arcos

この巡礼、初めて自分でマカロニパスタを作りました。
あまりにも作りすぎて、余ったのですが
アルベルゲでは余った食べ物は捨てないでキッチンに置いておき
勝手に誰かが食べるというシステム。
「誰が作ったの?」って誰かが聞いたらしく、
翌日から今晩もマカロニつくってねって道行く人に声をかけられるようになって
マカロニで有名な日本人となりました。
味は、、、知りません。。。


先に寝た知らない人のいびきがうるさかったのですが
それをルーチョ(下段)がまねしてグループみんなの笑いが止まらない状況に。。
los-arcos.JPG



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posted by shinr at 16:20| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Camino de Santiago | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エステーリャからロスアルコス

2004年10月9日(土)

前日の晩に初めて日本人に遭遇しました。
ミカミさんという人で大学生。
地図をなくしたり、道が分からなかったり、、
エステーリャに来るまでに色々苦労している苦労人で
同じ関西出身と言うこともあってたくさんお話しました。
うちのグループに入れてくれって言ってくれて、快く了承したんですが、
実はうちのグループ、めっちゃ朝が遅いのです(笑)
朝、大分待っていてくれたみたいでしたが、先に行ってしまわれました。
申し訳ない。。。


Estellaの商店の軒先に置いてあったピメントス。
よくMenuについてくる焼きピメントスが美味しい。
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Fuente del Vino
ワインの泉(笑)
ボデガワインで有名なこのワイン工場では
巡礼者のためにタダでワインを提供しています。
コックを捻るとワインが出てくるのです。
fuente-del-vino.JPG


遠くには山がそびえます。
monjardin.JPG


ススキ?とにかく大きい。
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右下の石に書いてある黄色い矢印。
これが巡礼の道の目印です。
これに従って歩けば聖地まで歩くことができます。
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やっぱり遅い二人組。
同じグループのイタリア人の女の子とこのころからよく口論に。
日本人の僕は中立。。。
los-largos.JPG




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2005年05月27日

Estella

2004年10月8日(金)

朝、プエンテ・ラ・レイナでマーラと別れみんな沈みがちで出発し
普段よりも少し速いスピードで進みました。

5日目はEstellaへ
「星」という意味のエステーリャは歴史のある都市。
この町でマリカと再会しました。
どうやらこの街が気に入ったらしく、もう一泊して行くそうでした。


プエンテ・ラ・レイナ「王妃の橋」
puente-la-reina1.JPG


こんもりと密集する家々
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中にはいると狭い路地と急な坂。
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やっぱり休憩中。。。多いよ(笑)
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日も落ちかけて急ぎ足
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観光客がみんな写真を撮っていたので撮影。みんなのデジカメは日本製♪
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食事へ。。。巡礼者用の食事(Menu de Peregrino)を出しているバルに向かう。
バルでは珍しく野球を放映していて、松井が打っていた。
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posted by shinr at 21:35| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | Camino de Santiago | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マーラ

ブラジルから来ていたマーラは前年にPente la reinaから巡礼をスタートし、サンティアゴまで歩いていました。
この日、彼女とお別れです。

閉まる間際のお店に行き食料品を買い込みました。

みんなでパスタを作り、ワインを飲み、消灯前まで騒ぎました。。



でも、みんな悲しそうでした。。。
puente-la-reina1.JPG



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再会

2004年10月7日(木)

Javierはフランシスコザビエルの生まれ故郷と言われているところで、
PamplonaからバスでSanguesaまで行き、そこからバスで行けるという情報がありました。
パンプローナのバスターミナルにも時刻表があり、
いつ来るのかな?と待っていましたが、、、
出発時刻になっても来ない。。隣で待ってたおじさんに
「Sangesa?」と聞いたけど、わからんと。。
結局1時間待っても来ないので、結局巡礼に戻ることにしました。

と、いうことで巡礼4日目です。


昨日の仲間に追いつく。
どれだけ遅いねんって思いながらも、楽しいのでついて行くことに。
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永遠と畑が続きます。
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遅い理由は頻繁に休憩を取ることと、休憩時間が長いこと。。。
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きれいに道が延びていきます。
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Perdon山脈の峠には巡礼者のモニュメントが。
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遅い人たち。
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2005年05月26日

3日目パンプローナへ

2004年10月6日(水)

この日はPamplonaでステイしたかったため、15キロだけの歩行。
たった3時間でパンプローナに到着して、前の日に出会った仲間とお別れをしました。
外国人の両ほほにキスを初体験!かなり戸惑いました(笑)


パンプローナ手前の町では牛追いのための準備が。
結構でかい柵です。
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パンプローナの城壁。。でかい。。。。
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街に入るための門
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街にはいると、、
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パンプローナの牛追い祭りが開かれるとき、
この市庁舎から市長がセレモニーを行います。
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カテドラルの彫刻?裏もしっかり彫ってます。
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この後ずっと一緒に歩くことになる仲間達です。
洗い場でサンドイッチ作っている時に右端のアルゼンチン人ルーチョに話しかけられ
アルベルゲを見学しにきたおばあさんに写真を撮ってもらいました。
みんなが笑ってるのは、このおばあさんがめっちゃ近寄って撮ろうとしたから。
大爆笑でした。
pamplona6.JPG



夜が迫るパンプローナの町並み。
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初BAR(バル)を体験♪
pamplona8.JPG



次の日は巡礼を休止して
Javier(ハビエル)にバスで行こうと思ってました。






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posted by shinr at 23:14| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Camino de Santiago | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月25日

サンチアゴおじいさん

ララソアニャの村にはサンチアゴと呼ばれるおじいさんがいて、彼がアルベルゲを取り仕切っています。この村にはバルがないらしく、食事をするには彼から食料を買わないといけません。値段は良心的だったと思います。この日一緒に夕食を食べたのは日本語を勉強しているというフランス人女性や、愉快なフランス人、巨大なアメリカ人などなど、、、楽しい夕食ができました。

サンチアゴおじいさんはたびたびアルベルゲを覗きに来て、お話をしていきます。何年か前に巡礼の途中この村を訪れた日本人がいて、彼女が執筆した本をおじいさんに送ったそうで、おじいさんはうれしそうに本を見せていっぱい話し掛けてくれました。マリカいわく、「お前も日本に帰って本を書けよ」っていってたらしいです。。
そのおじいさんに日本人の常套手段である折鶴を折ってあげたら、翌朝出発する前に巡礼者のピンバッジとくるみをくれました。くるみは友達にあげましたが、ピンバッジは今でも大切にとってあります。


夕食の仲間たち、みんな歩くのが速い。
lalasoana.JPG



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posted by shinr at 21:47| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Camino de Santiago | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ララソアニャへ

2004年10月5日(火)

巡礼2日目
前日の轍を踏んで、ペットボトルをしっかりゲットし水を詰めて出発。
ただ出発する時間が早すぎて出たときは真っ暗でした。
次のブルゲーテという町に着くまで真っ暗。。。

徐々に明るくなってきて
ブルゲーテの次の町で初めてボカディーリョを購入しました。
よく言葉が通じたモノです。


ブルゲーテの町
その昔ヘミングウェイが「陽はまた昇る」を書いたことで有名。
burguete.JPG


町と町の間は畑や牧場です。
espinal1.JPG


アルゼンチン人のヘラルドとスペイン人のホアン
ここで外国人の名前を覚えるのがめっちゃ難しいということが判明。。
espinal2.JPG


自分。まだ旅慣れてない(笑)
espinal3.JPG


巡礼者のヤマシタシンゴさんの慰霊碑。2002年8月に64歳でなくなられたそうです。
japones.JPG


Larrasoan~aに行く途中でイタリア人のマリカという太めのお姉さんに遭遇。
よく歩けるなっていう体型だったけど、イギリスに住んでいるらしく
英語が上手。。イタリア語も、スペイン語も話せて、すごい。。
この日の晩は自炊して、アルベルゲに泊まった人みんなで食べました。


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posted by shinr at 19:38| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Camino de Santiago | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月24日

ロンセスバジェス

Roncesvalles
峠から下ってきて最初の村です。
大きな修道院が見えるはずです。

、、が、このときはちょうど改装中で見れず。
アルベルゲも違う建物でした。
1泊5ユーロ。。
roncesvalles1.JPG


近くの小さな教会
隣のバルでペリグリーノ(巡礼者)メニューを出してくれます。
これは7ユーロ。パンと鱒っぽい魚とワインでした。
パンとワインは同じテーブルの人と分けて食べる仕組み。
僕の隣にはフランス人夫妻が座っていて、
彼らはアイタナちゃんという赤ちゃんを連れて巡礼していました。
彼女には日本人がどう写ったんだろう。。。
roncesvalles2.JPG


アルベルゲの裏にちらっと洗濯物が、、、
洗濯ロープが少ないと場所の争奪戦になります。
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アルベルゲの中
ガラガラなのに、、若いとベッド上段です。。
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posted by shinr at 20:56| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Camino de Santiago | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ピレネー越え

2004年10月4日(月)

サンジャンから巡礼を始める巡礼者にとって一番の難所が最初にやってきます。
27kmの山越え。
巡礼初日からスペシャルハードです。

水を350mlのペットボトルで、あとはクロワッサンと日本から少しのおかししか持っていかなくて、死にかけました。
最悪、放牧してる羊を絞めて血を飲もうというところまで想像。
まさか飢えと乾きの苦しみを味わうとは、、
幸い2カ所の水飲み場があったおかげで生きて越えることができました。
水飲み場の水が枯れてなくて助かりました。。


スペインにはいると黄色い矢印に変わるのですが、フランス側はこの縞を目印に進みます。
Pyrenees1.JPG


山を登っていくとこの景色が続きます。
Pyrenees2.JPG


ずっとこの景色が続きます。ただひたすら前を向いて歩くだけ。
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山の中腹にあるマリア像
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道もだんだん薄くなっていきます。
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この日は月が一日中出ていました。
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これはタダの柵だと思いますが、国境もこんな感じの柵でした。入り放題。。いいの?
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峠です。ここまでくるのに約5時間。。
ここから40分くらいかけてロンセスバジェスの村まで下ります。
Pyrenees8.JPG



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posted by shinr at 20:45| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Camino de Santiago | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サンジャン

St. jean pied de port

多くの巡礼者がこの町を巡礼の起点とします。
初日にこの町のアルベルゲ(巡礼者用の宿)に泊まってスタートです。
夏場限定で巡礼事務所が開かれていて、日本語のピレネー越えガイドペーパーがありました。
この町のアルベルゲは巡礼手帳込みで7ユーロ。

僕は6カ国語が話せるというベルギー人のおじさんと駅で会って、ずっと一緒にいました。
おかげで初めてのレストランもとてもスムーズに行きました。


アルベルゲの窓から見たサンジャンの町並み
stjean1

サンジャン中心部
stjean2

アルベルゲのベッド、、このベッドが巡礼中一番きれいだった。
同じ部屋にはオランダから2ヶ月歩いてきた人とか、旦那さんを亡くした奥さんとか
濃い面々。
stjean3



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posted by shinr at 20:17| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | Camino de Santiago | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パリ

地図も持たず、よく安いホテルが見つかったもんです。

ルーブル美術館に行った時に乗ったメトロ
metro


TGV
これに乗ってバイヨンヌまで、そこからローカル線でサンジャンへ行きます。
tgv



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posted by shinr at 20:07| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Camino de Santiago | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フランス。。

パリのCDG空港到着後、荷物を待っているところです。
白い吐き出し口から
「ボゴッ」っと荷物が。手荒い歓迎ですね。
ちなみにブレているおっさんはカートを運んでる人です。
セグウェイではありません。。
cdg1

こちらは有名なチューブエスカレーターです。
cdg2
 
 
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posted by shinr at 19:13| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Camino de Santiago | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いきなりタイです。

タイです。

パリまで飛行機で行ったとき、使ったのはタイ航空でした。
飛行機からタイに降りるときに蘭の花??を配ってたのが印象的でした。
写真はバンコク国際空港の非常口案内灯です。
初めての海外で、、、一人だけで、、楽しかったなぁ。。
thai
 
 
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posted by shinr at 18:23| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Camino de Santiago | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月05日

お腹すいたー

昨日11・4にサンティアゴ・デ・コンポステーラに到着しました。
カテドラルに着いて、聖ヤコブ像のマントにキスをして、
柱に手をおいて、、
皆で抱き合って泣きあって
もう何がなんだか。
涙でカテドラルがよく見えなかったのでまたゆっくり見ようとおもっています。
今日は巡礼者用のミサに出席して、セレモニーがあるのでそれを見ます。
今年は特別な年だそうで、でっかい香炉を振り回す様子が見られるそうです。
昨日ミサに出た友達がファンタスティックだよって言てました。
到着後、マルガの旦那さんの車でトルティーリャと呼ばれる卵焼きのおいしいみせに連れていってもらいました。
本当においしい!
なんていうか、日本の卵焼きとは違うけど、
中身の具ともあっていて、機会があればまた食べたい位でした。
そして食べすぎてメチャメチャ気持ち悪くなったお陰で
昨日の晩は飲みに出かけられませんでした。。
残念。。

セレモニーの後世界の果てと呼ばれるフィニステーレに向かいます。
それではまた。。
posted by shinr at 18:59| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | Camino de Santiago | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月28日

マンハリン

昨日はマンハリンというとても不思議な所にとまりました。
山小屋ですが、その昔1人の巡礼者がたづねてきて、
色々エピソードがあったそうです。

毎晩毎晩楽しいよるをすごしています。
きのう は やまごや で しゅくはくしゃ ぜんいん で しょくじ。
おとつい は えんりけ の たんじょうび で 20にん ちかくが ひとつ のてーぶる を かこみ。
さきおととい は えいごけん の じゅんれいしゃ たちと えんかい。。さんざん うたいました。

今はレオンから50キロ程進んだ所にいます。
後250キロ程でサンティアゴです。

にいがた の じしん の ことは こちら でも いろんな ひと に いわれます 。
何よりも多くのひとの無事をいのります。
posted by shinr at 02:08| 大阪 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | Camino de Santiago | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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